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2011/06/12

増築祝い

5月上旬、以前から工事を行っていた、新校舎の増築が完成しました。
この工事は昨年4月ごろから行っていました。

この日は村の人たちも集まり、新校舎のお祝いとお祈りがありました。もちろん、教員も全員参加。

伝統的なマヤのお祈りでした。



それぞれの色には、意味があります。赤は、血、太陽・・・。
祈祷師が来て、村の人もいっしょにお祈りです。



なんだか、今日はPCの調子が悪くて、なかなか文字がうまく打てず、変換もできません・・・。








もうすぐで、仲がよかった隊員ともお別れ。彼らは、来週、帰国です。

2011/05/26

やすくん

すごく個人的なことで申し訳ないですが、



今日、日本の友人が亡くなりました。

悪性の脳腫瘍でした。私と同じ年でした。

彼とは、大学の同じクラスで名簿順で私の前にいました。
大学の住環境デザインクラスに在籍し、4年間ずーっとみんな同じクラスで、同じメンバーでした。
30人いるかいないか位の人数。

4年間ずーっと、同じクラス。午後は、みんなで実習。ひたすら、模型と向き合う毎日。
夜も遅くまで、学校に残り、家族みたいな感じでした。


大学を卒業してからも、何かの折に親しい仲間で集まっては、みんなはどうしてる?結婚したよ、子どもが生まれたよ、なんて話していました。そういえば、やすくんも、結婚したんだよって。



つい数日前、友人から連絡があり、あんまりよくない状態だと。
本当に早かったです。

訃報のメールを見たとき、
何がなんだか、信じられませんでした。

こころの整理がつかず、宙に漂っている感じ。


こんな短い人生があるんだ、そう思うとたまらなく悲しくて、
泣いてしまいました。


病気だからどうすることもできない。
生きたくても、長く生きることができない人生もある。


だからこそ、私が今、ここグアテマラで生きてること、生かされてること、それに感謝し、
私ができることをしようと思いました。
私ができることは、大してないけど、これからを生きていく子どもたちに、
少しでも彼らの力になれるといいなと思いました。


悔いのない人生を歩みたいと。





やすくんがいたこと、生きてたこと、共に同じ時間を過ごしたこと、
きっとみんなのこころに、何かをもたらしたと思います。

これからは、お星様のひとつになって、みんなのことを見守るんだろうな。



遠いグアテマラより、ご冥福をお祈りします。

2011/05/16

引越し: シープレサレス→ソロラ

おひさしぶりです★

4月月末に引越ししました。
新しい家族と友達に手伝ってもらい、なんとか一日で終えることが出来ました。友達がいなかったら、今でも私の部屋は、荷解きがされていない荷物たちに囲まれていたことでしょう。。。 ありがとう!


任地は、同じで、職場も同じで、ただ、生活する場所が変わっただけ。


私が引越しするという話、知っている人は、実は、かなり前から私は、話していたんです。
確か、昨年の10月か11月。。。 だったかな?

家が見つからない、あるけど、住むにはねぇーというような感じだったり、私の非常にのんびりとした性格が原因だったり。。。


部屋は、あるんです。かなり暗めの家だったり、風呂場が少し汚かったり、ソロラの街中からすこし離れていたり、同僚の家だったり。。。 
どこか妥協しないと、完璧な家なんてないんです。それは、わかってるけどねぇー。

これって、男性を好きになるときと似ているような。
自分が思い描く素敵な完璧な人なんて、世の中いないんです。
だから、妥協じゃないけど、ここまでなら許せるなとか、いろいろ自分の気持ちとすり合わせて
好きになっていくんだと思います。でも、好きになったら、その人が自分の中ではかっこいいし、
1番なんだと思います。

これは、さておき。

新しい家は、学校の同僚の先生のお宅です。先生は、女性で、非常に仕事に熱心な方です。
以前にもお泊りさせてもらったことがあり、家族も知っていました。

空き部屋は、3階にあり、そのフロアーは、私だけ。大きなベランダもあり、いいところでしたが、
同じ職場の先生ということもあり、ずーーーーーーーーーっと悩んでいました。公私共になると、
お互いどんな影響を及ぼすのか不安で。

でも、5月下旬から雨季に入るので、それまでには引越ししたいと思い、決めました。

以前いたシープレサレスという村は、本当に大好きでした!
でも、昨年の雨季は、雨漏りがひどく、部屋は、すべてびしょびしょ。。。
そして、午後から県事務所での活動も多くなるので、帰宅するときは、いつも薄暗く
また、シープレの道には、街灯がなく、野良犬が集団で活動してるし、いろんな安全面を考えたうえでの引越しでした。

今でも、学校が終わるとシープレの家に行きます。
子どもたちとみんなで昼食を食べ、折り紙をしたり、絵をかいたり、お母さんと世間話をしたりと楽しいときを過ごしています。
でも、帰り際、お母さんが寂しそうな顔で
「次は、いつ来るの?」
と聞いてきます。なるべく、行けるときは、顔を出したいなと思っています。






新しい家は、日本となんら変わりない暮らしです。ネットもつながるし。
でも、シープレの家は、日本にはない暮らしがあります。今の家の人と、シープレの村の人とは、
生活スタイルや服、習慣が違います。

私は、シープレの家に1年と1ヶ月住みました。出来ることなら、任期が終わるまで、住み続けたかったです。あの家に戻ると、すべてが愛おしく感じられます。


でも、彼らに会えたことは、私の宝物です。






2011/04/18

中米一の高さ、制覇っ!!


3月下旬に、かねてから行きたかった中米一の高さを誇るタフムルコ山に、行って来ました!!
 本格的な登山は、大学生のときに父と一緒に、地元で一番高い山「白山」に登ったくらいです。あとは、仕事で子どもの合宿で登るような簡単な山に登っただけで。。。


 ちなみに、白山は、日本三名山のひとつです。富士山、立山(富山県・標高3015m)、白山(石川県、岐阜県の境目にあります・標高2702m)、これらの山は、昔から山岳信仰のある山です。
 富士山は、行った事がないのですが、立山、白山は、地元なので小さいときから行っていました。そして、白山は、家から見えるきれいな山です。雪が降ったとき、山は真っ白になり、春先でも、まだ真っ白で、とても大好きな風景です。小さいときから、いつも見ている山なので、地元に帰って白山を見ると安心します。
 白山情報・・・標高1250mからスタートし、御前峰山頂2702mまで、標高差1450m、距離6500m、時間にして4~5時間くらいかかります。白山信仰の対象で、山頂には、白山比め神社(はくさんひめ神
社)があります。

さて、朝5時半スタートのタフムルコ登山。2時間ほどこのようないい道をてくてく歩きました。ご来光も見れてきれいでした!
 


V字に見えるのが、道です!このあたりは、まだまだみんな元気!!

 

途中、雲の中を歩くことも。。。


雲の流れが見えて、きれいでした!


タフムルコは、標高4300mで、3000mあたりからスタートします!
私は、普段標高2300mあたりのところに住んでいるので、高山病の心配は、余りありませんでしたが、海岸側に住んでいる隊員は、少し辛そうでした。



これは、もう頂上付近です。みんなから、だいぶ遅れての登頂となりました。かめさんのようにゆっくりと、自分のペースで歩き、お昼には、頂上に着きました!その間、遠くにみえるみんなに励ましてもらい、がんばることができました!!


頂上付近では、地元の人が、お祈りをしていました。



ここが中米一高い山の頂上です!!雲海が本当にきれいでした♪ぽこぽこと小さい山も見えていました!

頂上でのレモンは、やっぱり酸っぱかった・・・



岩の上で、ジャンプをして飛んでいる写真を撮りたかったのですが、こわくてぺっぴり腰になってしまいました。。。


本当は、こんなふうにしたかったんだけど。。。↓↓↓



でも、地面では、思いっきりジャンプしました!!


みんなケガもなく、私は、筋肉痛もなく、無事に下山することができました。

山は、登るのは本当にしんどいけど、その途中に見える景色や、登ってからの空の様子をみると、登ってよかったなーと感じます。普段の生活では、見ることの出来ない景色に感動します!



今週から、セマナ・サンタというキリストのお祭りが1週間近く始まります。

2011/03/20

めがね・メガネ・眼鏡




私は、任地では、メガネをかけています。
前の任地マサテにいたときは、暑くて日差しが強くて、メガネはかけていませんでした。


 ここからは、私のメガネの位置に注目して見てください。
↓ ↓ ↓


ソロラ着任当初、4月頃


向かって左側、まだ正常な位置です。

首都の動物園にて。
これもまだ、大丈夫な位置です。

通学路にて。



そして・・・。
1年後、2011年3月

職員室にて。
すこーし傾いてきた・・・。


完全に傾いている・・・。


子どもが撮った写真。
これは、完全に傾いている・・・。
この1年、いろいろありました。苦楽を共にしてきたこいつも、少し疲れてきたんでしょうね。

最近は、こんな感じの私です。笑



地震

おひさしぶりです!
私は、健やかにグアテマラで生活しています!
いろいろあるけれど、今の日本から見れば、たいしたことないです。




朝、起きてテレビを見て!!
「Japón が!!」と家族が言っていました。

テレビをつけると、大きな地震の跡が。。。
しばらくは、状況が読み込めませんでした。


その日、学校に出勤すると、たくさんの同僚が、
「あなたの家は、家族は、大丈夫なの?」
と聞いてきました。その日、日本の家族とは連絡がとれず、
次の日、ソロラの市内に行き、ネットで確認しました。

数日後、大丈夫だという連絡が来ました。


その間にも、以前の任地、マサテナンゴの同僚からも電話があり、
「家族は、大丈夫なの?」
と、心配してくれました。

村の人、マサテの同僚、ソロラの町の人・・・
本当にたくさんの人が、日本を心配してくれました。

そのことが、すごく嬉しかったです!

幸い、私の日本の友人や家族には、大きな影響はありませんでした。
しかし、同じ任地の隊員の家族が非難している話を聞き、現場は、私が想像するより
はるかにすごいことになっているんだと思いました。







現在、隊員間でも、何かできないかと動いています。


これを読んでいるみなさんのお友達やご家族が、無事でありますように・・・。
明日も、明るい太陽がみなさんのこころを照らしてくれますように・・・。








土曜に、ソロラの小学校隊員が帰国しました。彼女とは、公私ともにずーっと一緒でした。活動で困ったことがあれば、彼女に相談。休日、遊びに行くのも一緒。活動のことについて、とことん話し合い、お互いの方向性や今後の活動について、夜中遅くまで話し合いました。また、グアテマラで感じたことや、お互いの生活のことについてもよく話していました。
 私たちは、一度、社会に出て小学校で働いた経験があります。なので、社会人になってこんなゆっくりな時間が流れること、とことんお互いのことを話せる機会はもう、ないと思っていました。
 日本から遠いグアテマラで、たまたま任地が同じで近くて、中身の濃い時間を彼女と過ごせたことが、本当に嬉しいです。これも、何かのご縁ですね♪

1年くらい、彼女とソロラで過ごせたことが、本当にいい経験でした。


今は、もう日本に帰国しているんだけど、まだ実感がありません。




ソロラの隊員宅にて、同じ任地の隊員たちとその家族。残念ながら本人は、見えてないんだけど・・・。帰国直前での、送別会。



クロスロードカフェにて、またまた送別会。@パナ八チェル







遠いグアテマラより愛をこめて・・・。


2011/02/14

友人、来る。

最近、日本から友だちが来ました。
そして、2回目のティカル遺跡に行きました。フローレスという場所で宿泊したのですが、ここのチキン屋さん(日本で言うケンタッキー。グアテマラでは、ここのファーストフード店がたくさんあります。)は、フローレス店だけだと思うのですが、遺跡の形をしてるんです!!これを発見したときは、すごく嬉しかったです!小さな幸せ♪

模型みたいに見えるけれど、これ、実際の車です。ここに描かれている壁画が好きで、でも、ガレージの中だから隠し撮りするしかなくて。。。

壁の色、光の色

お魚さんと食べ比べ!

 アンティグアのおなじみ、十字架の丘で!
 アンティグアの市場の中の食堂。これがおいしいんだな!


そんな私ですが、活動もやってます!
先週から始まった研修会。算数の指導書の内容についての研修。
少しずつ、ソロラ県の先生方に国定教科書の指導法を普及していくためです。
私たち、ボランティアは、県事務所のスタッフのサポートをしています。
表舞台には、出ることはないけれど、グアテマラ人がグアテマラ人に直接研修を行うということは、すごく意味があるように思えます。



そんなこんなで、今日もぼちぼちとやってます。